泉州・堺が生んだ曽呂利新左衛門についてご紹介いたします。

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曽呂利新左衛門について

曽呂利新左衛門(そろり しんざえもん) 生没年不詳

当社製品に使用されている「曽呂利」の商号の由来となっている、曽呂利新左衛門とは、どんな人なのでしょうか。

安土桃山の時代に、堺に住んでいた刀の鞘(さや)師。彼の作った鞘は、刀をソロリと包み込み、ぴたりと合うので、「曽呂利」という異名で呼ぶようになったといわれています。機知とユーモアに富んでいたことから、豊臣秀吉に可愛がられ、伽衆として活躍したといわれていますが、実在は定かではありません。

彼の逸話の中に、興味深い話があります。数学の話でもよく話題になる題材です。 皆さんは、10畳の部屋の端から、一畳目は一人、二畳目は二倍の二人、三畳目はその倍の四人と、順に二倍の人を座ってもらうと、何人必要になると思いますか?

答えは、512人です。512人ですよ! では、20畳では・・524,288人。実際には、座れませんが・・・。

ある日、新左エ門は秀吉から、 「何でも褒美のものを取らせよう、何がよいか。」 というお言葉に、 「この広間の畳に、端の方から一畳目は米一粒、二畳目は二倍の二粒、三畳目はその倍の四粒、というように、二倍二倍と米を置き、広間の百畳分全部をいただきたい」

秀吉はせいぜい米俵一俵か二俵くらいだと思い、にこにこしながら「欲がないやつだ」と承知した。ところがあとで勘定方の家来に計算させたところ、四畳までで十五粒、八畳で二百五十五粒、十六畳でも米一升(四万六千粒)くらいであるがその後急激に増えて三十二畳で千八百俵、百畳ともなると5.5×1023俵という膨大な量になることがわかりました。これは、これまで人間が作った米全てを集めてもまだ足りないくらいの量です。秀吉は青くなり、新左衛門に謝ってほうびを別のものに替えてもらったそうです。この考えに気づいていた新左エ門。こんな人間を敵にしたくないものです。

茶は千利休の師匠・武野紹鴎に学び、香道は名人・志野宗心に習い、風雅の道でも一流でした。日本各地には、彼が作ったと言われる、庭や橋等が残っています。

彼を伝える書物は『雨窓閑話』『半日閑話』『曽呂利諸国咄』など多数ですが、逸話と称されるものは後世の作り話といわれています。 堺市市之町東に、屋敷跡碑が残っています。後世に名の残る、風流人が、堺に居たと言うことは喜ばしいことです。曽呂利新左エ門も、水なすを食べていたでしょうか?

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